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first created: 2003-02-07
last modified: 2003-03-07

2003-02-07

バティニョールおじさん - 文部省選定作品

films

一昨日、新宿のテアトルタイムズスクエアで「バティニョールおじさんMonsieur Batignole を観た。テアトルタイムズスクエアは新宿高島屋の12階にある映画館。以前はここにアイマックスシアターがあったと思うが、ちょうど一年前、去年の2月1日に廃館になっていたらしい。知らなかった。タイムズスクエアには1年以上来ていなかったかもしれない。» 東京アイマックス・シアターが閉館へ (Sankei Web)

映画「バティニョールおじさん」の舞台はナチスドイツ占領下のパリ、ユダヤ人の子供をかくまった肉屋のおじさんとその子供たちの交流、そしてスイスへの脱出行を描く。最初、映画のポスターに文部科学省の選定作品とあったものだからそれでかなり引いてしまった。文部科学省が推奨するぐらいセックスのない、暴力のない、当たり障りのない映画と思ったのだ。しかしそれは間違っていた(ハリー・ポッターと秘密の部屋も選出されていたが)。» 教育映画等審査 (文部科学省)

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映画は冒頭、パリ市街の一軒の肉屋から子供がハムやらソーセージやらを盗み、その父親と一緒に逃げ去っていくシーンから始まる。ヨーロッパの街にははこのような戦時下を舞台にしていても十分そのロケに応えることができる街並みが保存されているのは本当に羨ましい限りだ。それが東京だとそうはいかない。

そして同じ朝、ナチスドイツに占領されたパリに危険を覚え、あるユダヤ人一家がスイスへ向けて脱出しようとブローカーの車のなかで待機している。しかし、肉屋から肉を盗んだ犯人と疑われた一家はその父親が階上の彼らの部屋で肉屋の主人 - バティニョールおじさん - といざこざを起こしているあいだに警察に通報され、捕まってしまう。父親も逃げ出そうとするが同様に捕まってしまう。

ユダヤ人一家を警察に通報した男は肉屋の主人のひとり娘の婚約者 - 売れない(才能のない)劇作家志望の眼鏡をかけた冴えない男だった。彼はナチス占領下のパリで当然権力の座にあるナチスにユダヤ人を密告し、なんとか劇作家として取り入ってもらおうという魂胆なのだ。そしてこの男は強制収容所に送られただろうユダヤ人医師の住んでいたフラットの一室をかすめ取るのだ。

ひとり娘をそんな男にやるのを苦々しく思っている肉屋の主人。うすうすこの男の卑劣な精神に気がつき始めている娘、そしてそんなことなんとも思わず、部屋が手に入り、さらには売れない劇作家のおかげでナチス御用達の肉屋となって商売も繁盛する生活に満足、この男を救世主のように崇める愚鈍な妻。おそらくユダヤ人一家の事件がなければ肉屋として平凡な生活を送っていたであろうバティニョールおじさんの一家の歯車は少しずつ乱れ始める。それはユダヤ人一家の子供が強制収容所に向かう途中になんとか逃れ、パリの自宅に戻って来たところから狂い始めるのだ。

直接的ではないが間接的に少年の家族を収容所送りにしてしまったバティニョールおじさんは罪の意識から家族にも黙り、彼を安全なスイスに逃亡させようと努力する。ゲスな娘の婚約者の言うがままになっていた自責の念もあったのだろう。結局、いとこの姉妹も一緒に面倒を見ることとなったバティニョールおじさんは彼らをスイスに送り届けるためにナチス将校に没収されていた絵画を将校の部屋から盗み、それを売り、さらには婚約者にユダヤ人をかくまっていることがばれた際にはその男を殺してしまう。平凡な肉屋のすべての歯車が狂い始める。しかし彼はその歯車を元に戻そうとはしなかった。その代わりに彼がしたことは新しい歯車の上に乗っかることだったのだ。

家族をひとまず親戚のもとにやり、彼は少年とふたりの姉妹を引き連れてスイスに向けて旅立つ。国境近くの山間の牧場で彼らは夫を亡くした未亡人と出会う。彼は一晩その家に泊めてもらっただけでなく、その未亡人と肉体を交わる。ユダヤ人の子供たちと逃避行を続けるあいだに芽生えた父性愛とひとり息子を育てながら気丈に生きる母親の愛情がまるでふたりを繋ぎ合わせたかのように。

そんなふたりを見てバティニョールおじさんに反感を覚える未亡人の息子に焚きつけられ、少年はその息子とともに街に出る。レジスタンスに話をつけようというのだ。しかし、彼は警官に捕まってしまう。そのことを伝え知ったバティニョールおじさんは単身警察署に乗り込んで行く。ユダヤ人を親戚に持つフランス人警官や教会の司教の助けを得て、彼らはなんとか警察から逃れ、スイスを目指して丘を下っていく。最初は子供たちだけで丘を抜けて国境を抜ける予定だったが、バティニョールおじさんはすでに彼らの父親となっていた。当然、彼らだけに国境越えをさせるわけにはいかない。バティニョールおじさんと子供たちは明るい緑の草原を下っていく。これがこの映画のラストシーンだ。

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フランス映画として珍しくナチス占領下時代のフランス人の行動を率直に描いているという映画解説を読んで僕はこの映画を観たいと思った。つまり、ナチス占領下でドイツ人と同様、ユダヤ人を痛めつけ、ユダヤ人が痛めつけられる姿に喜びを見出していたフランス人。しかし、それは思った以上に希薄だった。婚約者が根性がひん曲がった男であることは風体から想像できたし、その男に従うバティニョールおじさんの妻は予想通り愚鈍な女だった。国境付近で捕まった少年を待っていたのはこれまた予想できる冷酷なナチス将校と区別のつかないフランス人警官だった。僕はてっきりもっと市井の人々がナチス - 権力側につき、庶民特有の腰の軽さでユダヤ人が財産を剥ぎ取られていく姿に喝采を送るものと思っていたのだ。

また、この映画に出てきたドイツ人はまさに枢軸国ドイツ、多くのユダヤ人をガス室送りにしたドイツ人の枠から少しも外れることはなかった。この映画がフランスでヒットしたのも頷ける。結局のところ、まさに平凡な風体のバティニョールおじさん(ジェラール・ジュニョが好演)がユダヤ人の少年少女を救う英雄譚、言い換えれば庶民の寓話 - fable - に過ぎないのだ。

かと言って映画として楽しめなかったわけでは毛頭ない。映画感謝デーで1000円でこの映画を僕は観た。1000円では十二分に楽しめる映画だ。1800円ではどうか。それでも合格点だ。

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