2002-08-31
西小山製麺店夫婦殺人事件
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今朝、仕事に出掛けようと西小山の駅に急いでいたら、途中、商店街の入り口のところで警察の黄色いテープが通行を止めていた。警官がその脇に立ち、黄色いテープで隔離された商店街の通りには警察車両が止まっていた。しようがないので遠回りして駅に向かった。
そして夜、仕事から帰ると、黄色いテープはまだ張られたままだった。数台のカメラが通りの入り口に置かれ、周りはマスコミ関係者が乗ってきたと思われるハイヤーでいっぱいだった。おそらく新聞社のものだろう。それを目の当たりにして、何故にこいつらはハイヤーで偉そうに取材に来るのかと思う。たかがブン屋だろうが。
自宅に帰ると早速webで事件を確認。やはり大きな事件が起こっていた。殺人事件。小さな西小山の商店街にある製麺店「早川製麺所」の経営者夫婦が鋭利な刃物で殺害されたというものだ。» 東京・品川の製めん所で経営者夫婦殺される (読売新聞)
池袋の公衆電話から早川さん夫婦が血を出して流れていると最初に通報した外国人らしき声の男が警察に名前を「ぼく・ちん」と名乗ったとされ、また、近所の人が早川さんの奥さんと訛のある日本語を話す女性が言い争っていたと証言しているのを聞くと、また中国人かと思わせる今回の事件、数年前にこれも近くの林試の森で中国人のバラバラ死体が発見された事件を思い起こさせる。» むさこ(武蔵小山)の事件簿
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僕は生まれて6ヶ月後、この品川の街に引っ越してきたらしい。生まれは古都金沢だ。それ以来、イギリスにいた1年と杉並の今の実家に家族と住んでいた2年を除き26年あまり僕は武蔵小山の周辺で暮らしてきた。武蔵小山はそう、東洋一の商店街とかつては言われた武蔵小山商店街(しかしひどいホームページだ、ここは)、通称palmがあるところだ。
そのあいだ、周りでひどい事件が発生したのは本当に数えるぐらいしかない。ひとつは中学生か小学校高学年のときにあった火事。近くの家が全焼していた。もうひとつは先のバラバラ殺人。そして今回のものだ。やはり自分の街で凶悪な事件が発生すると気分が悪いものだ。
僕の愛する武蔵小山そして西小山は都心への便がいいということ、武蔵小山商店街という東京でも最大規模の商店街があること、林試の森といった住環境にも恵まれていることから非常に人気がある。おかげで家賃が高くなってしまってたまらない。かと言って勿論碑文谷や田園調布とは違い、高級住宅地があるわけでもない。逆に相変わらず銭湯や駄菓子屋をよく見かける下町的な要素も持った街だ。
僕が子供の頃は外国人を見かけることは殆どなかったが、最近は南アジア系の外国人を多く見かける。また、武蔵小山と目黒のあいだに位置する不動前には今は廃校となっているが朝鮮学校があり、付き合いはまったくなかったが在日も多い。その中で中国人がとりわけ目立つわけではない。彼らが目立つのは何か凶悪な事件を起こったときだ。
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日本人は自分たちを単一民族と捉えがちなのは確かだ。しかし、日本人にはアイヌもいれば朝鮮系の者も、中国系の者もいる。その一方で部落出身者を同じ日本人なのに差別してきた。武蔵小山の近くには部落の町はなかったので、僕が部落の人を意識したことは今まで一度もない。学校でも部落の授業というものは一切なかった。
しかし、経済が高度に発展すればするほど安い賃金で働かざるを得ない3K仕事を外国人の"輸入"という形で賄わなければならないのは自明の理だ。そうなると、今の武蔵小山のように浅黒い顔をした外国人を見かけることはそれほど珍しいことではなくなる。
自分たちの文化と異質のものを持つ者が近くに来るとそれに対して防御本能が働いたり、不快感を感じるのもまた自然なことと思う。しかし、僕は日本という国がmulti-culturalな社会になることは悪いことではないと思う。閉塞した日本社会に違った文化を持つ外国人が入って来ることは歓迎されるべきことだと思う。
地方では多くの外国人労働者、それは時に東南アジアからの出稼ぎかもしれないし、日系ブラジル人かもしれない、その多くの外国人が働き、ソサエティを形作っている。それはすごく危険なことだと思う。確かにどんな人種もマイノリティでいる限り群れようとするが、それは僕ら日本人には脅威に感じる。島国根性を持った日本人が外国人に慣れる上でも外国人のコロニーは作るべきではない。彼らは僕らと同じ街で彼らの文化を守りつつ日本社会の一員として暮らすべきなのだ。
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早川さん夫婦を誰が殺したかはわからない。しかし、外国人の流入と外国人による犯罪の急激な増加は僕たち日本人に不安を抱かせ、それは外国人排斥という醜い姿で僕らの前に姿を現す。僕らは平気でトルコ人を殺すようなドイツみたいになってはならない。中国人であれ、韓国人であれ、そして肌の色の違う東南アジアやインドの人々であれ、彼らが日本社会の一部になり、見かけは日本人ではなくても日本語を話し、日本文化を少しでも吸収した存在になることが理想だ。インド人の子供と日本人の子供がなんら違和感を感じさせることなく公園で遊ぶ姿が見られればいいと思う。そのためにも日本の社会が彼らに開かれたものでなければならない。■