2002-08-15
my country right or left
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今日は終戦記念日、正しく言えば敗戦記念日だ。日本では昭和天皇がラジオを通して敗戦を伝えた玉音放送が行われた日、1945年8月15日が終戦とされているが、英米では実際に日本が連合国が突きつけたポツダム宣言に米戦艦ミズーリ艦上で調印した9月2日がVictory over Japan Day 通称 V-J Day になっている。
その終戦記念日に必ずと言っていいほど日本で話題になるのは政府閣僚や国会議員の靖国神社参拝だ。小泉君は5月に日程の間隙を突いてすでに靖国参拝は済ませているが、今年も中谷防衛庁長官を始め、5閣僚が参拝を行ったとのこと。また、石原慎太郎東京知事も参拝した(インタビューを受けている石原の傍らで「石原コール」が聞こえていたのはかなりキモかった)。
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太平洋戦争(と僕らの世代は教わったが、戦争当時は大東亜戦争と呼ばれていた)が侵略戦争かどうか、植民地主義の観点から戦争を起こしたのであれば、それは侵略戦争だろう。そして侵略戦争で何が悪いのかと僕は問いたい。当時、世界は今と同じ弱肉強食の時代だった。その時代と現代が違うのは武力でほかの国を侵略するか、経済的に侵略するかの違いだ。
当時、どの列強も植民地を拡大しようと躍起だった。実際、清国は日本が満州に乗り出す前から英国を始めとする欧米列強にぼろぼろにされていたし、フィリピンはアメリカ、インドネシアはポルトガルの植民地だった。文明開化後、勤勉さと賢い為政者によってなんとか植民地化を防いだ日本だったが、地下資源を持たない日本が満州という資源を求めて傀儡政権を樹立することで「侵略」したのはただ欧米の植民地主義を真似したに過ぎない。
その利権を巡って、アジアだから、白人でないからという理由で満州国を認めなかった欧米の姿勢が日本を戦争に駆り立てたことは間違いないと思う。その点で極右(日本で右翼というと街宣車になってしまうので敢えて極右と呼ぼう)が言う、日本は戦争に追い込まれたという議論は間違いではない。
かと言って、日本はアジアを列強の植民地主義・帝国主義から開放するために戦争を仕掛けたという主張はあとから取って付けたくだらない議論に過ぎない。アジアに植民地主義の終焉が訪れたのは日本が何も戦争を起こしたからではなく、植民地が列強にとって経済的な負担になってきたこと、そして民族自決の原則が国際的な論調となってきたことが原因だろう。
大体、日本が「侵略」した国々、フィリピンであれインドネシアであれ、そこで行ったことは結局、天皇陛下の崇拝と日本語の強制だ。大東亜共栄圏の創造なんて単なる上っ面の建前に過ぎなく、結局は大東亜帝国=大日本帝国の実現だったわけだ。しかし、もう一度、言おう。それの何が悪いのだ?いいじゃないか。
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左翼が極右同様に間違いを犯している点は、歴史を現代の価値観で捉えよう、理解しようとしていることだ。例えば、今夜のニュースステーションで放送されていた南京大虐殺(と中国は言うが、南京事件と呼ぶのが正しい)にしても、戦争という非日常的な極限状態で頭の悪い兵士が占領地の市民を殺し、女性を強姦するなんてことはよくあること。それを日本人は残酷なんてくだらない感情論を曰う奴はアホだ。
中世暗黒時代、十字軍が行った無数の残虐行為はどうなるのだ?ヨーロッパ人は異常に残酷な人種なのか?アフリカ・コンゴやシエラ・レオーネで起こった内戦による部族間の虐殺はどうなるのか?アフリカ人もなかなか残酷だのうと傍観者を決め込んでいればいいのか?
僕が言いたいのは、戦争なんだからそんなことが起こっても当たり前と言うことではなく、勿論、そのような野蛮な行為が起こらないように士官が兵士をコントロールしなければならないのは言うまでもない。南京事件で責められるべきものは強姦や殺人といった行為を行った兵士とともにそれを止めることができなかった士官、そして中国での関東軍の暴走を止めることができなかった軍部、そして軍部の影響力を防ぐことができなかった日本国文民政府、そしてその政府を支持した日本国民ということになろう。
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靖国神社参拝問題は結局、戦後の日本人の戦争に対するいい加減な姿勢から起因していることに思わざるを得ない。日本人はアメリカに占領されたあと、彼らがもたらしたウルトラ民主主義の下、太平洋戦争は軍部が暴走して起こしたもの、自分たちだって被害者なんだという自己弁護を計るとともに、太平洋戦争が侵略戦争だからその戦争ために戦った兵士を国として弔う必要はない、南京みたいなことをしでかす奴もいるんだからと、大切な命を国のために捧げ、死んでいった無名の戦士たちを忘れようとしてきた。
一部の兵士は確かに野蛮な行為を行ったかもしれない。しかし大部分の兵士は、それも僕らと同じように人生を楽しむ権利のある若い兵士たちは侵略のために戦ったわけではなく、信ずる祖国のために戦い、命を落としていった。そしてその当時、大部分の国民もまた日本が正しい側にいると信じ、戦争を支持したのだ。
今、僕はそんな盲目で従順な国民を批判しようとは思わない。僕はそんな人間になりたくはないが、庶民というのは基本的にそんなものだ。僕がここで批判するのであれば、そんな盲目の大衆を正しい方向に導くことができなかった為政者であり、力に屈して間違った方向に向かう政府に反対することができなかった知識人になる。
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僕らは先の戦争で亡くなった兵士を弔う義務がある。いつまでも後世に彼らの勇気を伝えていく義務がある。靖国神社が彼らを祀る場所として適当かどうか、僕は不適当と考える。それは戦犯が祀られているからということではなく、ヨーロッパのキリスト教のように国教として存在し得る宗教がない日本において、神道が国を代表する宗教とはとても言えないと思うからだ。
靖国神社に代わる、すべての国民が戦没者を率直に弔うことができる墓地を政府は早急に用意するべきだ。それさえ実現すれば、何十年にも続く不毛な論争にも終止符が打たれ、8月15日に靖国神社参拝を行った閣僚一覧なんてニュースが流れることもなくなるだろう。
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僕は石原のようなスペインの独裁者フランコを彷彿とさせる大衆迎合ポピュリズム的ナショナリズムで国民を煽る奴も嫌いだが、ニュースステーションに代表される左翼的自虐史観にも反吐が出る。終戦記念日に彼らは死んでいった兵士についてまったく触れず、南京事件の兵士の証言本「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて 元兵士100人の証言」(松岡環・南京大虐殺60カ年全国連絡会)を特集するそのセンスが信じられない。
僕からすると右も左も気狂いだ。まぁ、気狂いだから右か左に偏っているのだろう。右か左に片寄るのはpenisで十分、これが結論。■
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久しぶりにディープリンクを禁止したり、cookieを受け入れないとページを表示できないようにしていた(彼らは「意図的」ではないと弁明していたが)文化庁のwebサイトを覗いたら、cookieなしでも表示できるようになっていた。
仮に文化庁の担当者がディープリンク禁止やcookieの問題を知らなかったとしたら、担当者は知識不足、また、ミドルウェアを納入した業者がその問題について説明しなかったのであれば、それもひどい話だ。しかし、国の機関にしては対応が早かったような気がする。それはそれで褒めるべきことかもしれない。■